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小魚
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篇名:
くもの糸<二>(芥川龍之介)
作者:
小魚
日期: 2011.07.14 天氣:
心情:
おしゃか様はぢごくの様子をごらんになりながら、このカンダタにはくもを助けた事があるのを思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報いには、出来るならこの男は地ごくから救い出してやろうとお考えになりました。幸いそばをごらんになりますと、ひすいの様な色をした蓮の葉の上に極楽のくもがいっびき美しい銀色の糸をかけておりました。おしゃか様は、そのくもの糸をそっとお手にお取りになりました。そしてそれを玉の様な白蓮の間からはるか下にある地獄の底へ真っ直ぐにお下げなさいました。こちらは地獄の底の血の池で、外の罪人と一緒に浮いたり沈んだりしているカンダタでございます。何しろ、どちらを見ても真っ暗で、たまにその暗闇からぼんやりうき上がっているものがあると思いますと、それは恐ろしい針の山の針が光のでございますから、その心細さといったらございません。その上、あたりは墓の様にしんと静まり返っていて、たまに聞こえるものといっては、ただ罪人が吐くかすかな溜め息ばかりでございます。これは、ここに落ちて来る人間は、もう様々な地獄の責め苦に疲れ果てて、泣き声を出す力さえ無くなっているのでございました。ですから流石大悪人のカンダタもやはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかかったかえるの様に、ただもがいてばかりおりました。ところがある時の事でございます。何気なくカンダタが頭をあげて血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした闇の中を遠い遠い天の上から、銀色のくもの糸が、まるで人目にかかるのを恐れる様に、一すじ細く光ながら、するすると自分の上へたれてまいるではございませんか。カンダタはこれを見ると、思わず手を打って喜びました。この糸に縋り付いてどこまでも上がって行けば、きっと地獄から脱け出せるに相違ございません。いや、うまく行くと極楽へ入る事さえも出来ましょう。そうすれば針の山へおい上げられることもなく、血の池にしずめられることもあるはずはございません。こう思いましたから、カンダタは早速くもの糸を両手でしっかりとつかみながら一生けん命に上へと手繰り登り始めました。もとより大悪人のことですから、こういう事には昔から慣れきっているのでございます。しかし地獄と極楽との間はなん万里となく隔たっているものですから、いくら焦ってみた所で、容易に上へは出られません。ややしばらく登る中に、とうとうカンダタも草臥れて、もう一手繰りも上の方へは手繰れなくなってしまいました。そこで仕方がございませんから、先ず一休み休む積もりで、糸の中途にぶら下がりながら、遥かに目の下を見下ろしました。すると一生懸命登って来たかいがあって、さっきまで自分が居た血の池は、今ではもういつの間にか闇の底に隠れておりました。それから、あのぼんやり光っていた恐ろしい針の山も、足になってしまいました。この分で登って行けば、地獄から脱け出すのも存外訳がないかも知れません。カンダタは両手をくもの糸にからみながら、ここへ来てからなん年にも出した事のない声で「しめた、しめた。」と笑いました。ところが、ふと気がつきますと、くもの糸の下の方には数限りもない罪人達が、自分の登った後をつけて、まるでありの行列のように、やはり上へ上へと一心によじ登って来るではございませんか。カンダタはこれを見ると、驚いたのと恐ろしいのとで、しばらく甚だのように大きな口を開いたまま、目ばかり動かしておりました。自分一人でさえ切れそうなこの細いくもの糸が、どうしてあれだけの人数の重みにたえる事が出来ましょう。もし万一、途中で切れたといたしましたら、せっかくここまで登って来たこの肝心な自分までも、元の地獄へさか落しに落されてしまわなければなりません。そんな事があったら大変でございます。が、そういう中にも罪人たちは何百となく、なん千となく、真っ暗な血の池の底から、うようよとはい上がって細く光っているくもの糸を、一列になりながら、せっせと登って参ります。今の中にどうかしなければ、糸は真ん中から二つに切れて皆つい落してしまうにちがいありません。そこで、カンダタは大きな声を出して、「こら罪人共、この糸はおれの物だぞ。お前達は一体だれの許しを受けて登って来た。下りろ、下りろ。」と怒鳴りました。そのとたんでございます。今までなんともなかったくもの糸が、急にカンダタのぶら下がっている手元から、ぶつりと音を立てて切れました。ですからカンダタもたまりません。あっという間もなく、風を切ってこまの様にくるくる回りながら、見る見る中にやみの底へ真っさか様に落ちてしまいました。
後にはただ極楽のくもの糸が、きらきらと細く光ながら、月も星もない空の中途に短くたれているばかりでございます。
おしゃか様は極楽の蓮池のふちに立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいましたが、やがてカンダタが血の池の底へ石の様にしずんでしまいますと、悲しそうな顔をなさりながら、またぶらぶらと歩き始めなさいました。自分ばかり地獄からぬけ出そうとするカンダタの無慈悲な心が、その心相当な罰を受けて、元の地獄へ落ちてしまったのですが、おしゃか様の目から見ると浅ましく思しめされたのでございましょう。しかし極楽の蓮池は、少しもそんな事には頓着いたしません。その玉の様な白い花は、おしゃか様のおみ足のまわりに、ゆらゆらと動いております。そのたびに、真ん中にある金色のしんからはなんとも言えない好い匂いが、絶え間無くあたりに溢れてます。極楽ももうお昼に近くなりました。
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時間:2011-07-16 11:23
她, 99歲,桃園市,教育研究
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